「児戯」

「ダメですし…！あげませんし…！」
「いい子だから、渡してくれないか？」
「ベアルフくんだって、いい子ですし…！」
頑なに、ぎゅうっと抱きしめて離さない。
50%の割引きたぬきを買ってきたのだが、意外な付属品が問題だった。
このたぬきは、ケースにいる頃から、ボロボロになったクマのぬいぐるみを抱えていた。
ペットショップの店員が気を利かせて置いてくれたらしい。
たぬきにとって、不安な夜を一緒に乗り越えてきた親友だった。
「一緒に居させてあげてくださいし…お願いしますし…」
「新しいのなら、買ってあげるから」


正直、衛生的に良いとはいえないものを家に持ち込みたくはない。
「違いますし…ベアルフくんじゃないとダメなんですし…！」
たぬきを洗うのは別になんとも思わないが、ダニとかの温床になっているであろう、ボロボロに薄汚れたぬいぐるみを触るのはかなり抵抗がある。
力で引き剥がしてもいいのだが、単純に触りたくない。
このままじゃ、埒があかないな。
「じゃあ、選ばせてあげようか。ベアルフくんを諦めてウチの子になるか、ベアルフくんと一緒に野良になるか」
苛立ちを隠すつもりもなく、二択を突きつけた。
「えっ…そのどっちかしか無いですし…？」
「こっちはどちらでも良いんだけど？」
金を払っている以上、どちらでも良い訳がない。
自分から選んだ、という事実を認識させる事が大事なのだ。
これが出来ていないと、後々ワガママを繰り返すことになってしまう。



腕組みをしてこちらを見下ろす飼い主に、
たぬきは頭を抱え、考え込むフリをする。
いくら待てども、そこで時が静止したかのように状況は変わらない。
時折こちらをチラチラ窺っていたが、諦めてベアルフくんを片手で把持したままジタバタし始める。
それでもこちらは腕組みを崩さない。
「やだし…やだしぃぃ…！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ

今日でベアルフくんとお別れなんてやだし。

でもずっと。
ずっとわたしは。
ケースの中から出たいと思ってたんだし…。

けどやっぱり…ベアルフくんが一緒じゃないなんて、やだし…。




天を仰いだまま、たぬきはジタバタを止めた。
その目尻には、涙が滲んでいる。

完全に心折るところまでもう少しだなぁ。
よし、トドメ刺しておくか。
「さっきベアルフくんはいい子だって言ったけどさぁ。
　ベアルフくんはあのダンス踊れないじゃん？」
「………！」
たぬきは口をぽかんと開けたまま、表情がみるみる青ざめていく。
「ケースの中で必死にさ、“踊れますし！たぬきは踊れるからいいたぬきですし！お買い得ですし！”て言うから1日3回はあのダンスが見たくてお前を買ったのに…」
つい、嘘をついた。3日に1回見るか見ないかで十分だ。
こちらは無理難題とわかっているので、さっさと諦めるかな、と思っていたのだが。



それを聞いてたぬきは、がばっと起き上がった。
「ベアルフくんだって、踊れますし…！」
いや無理だよ。絶対無理だってば。

どうやら、お手本を見せることにしたらしい。
「ベアルフくんはいい子ですし…これしか生き残る方法がないですし…きっとできますし…」
目の前にちょこんとベアルフくんを設置し、
例のアレを踊り始めた。
今気づいたけど、コイツ大して上手くないな。歌詞と言葉がずれてる…。
「…すーぷっ♪…うっ♪うっ♪
   どうだし…わかったかし？」
ベアルフくんは答えない。答えられるはずがない。
「じゃぁ一緒にやってみるし…たっぬっき♪きっつっね…」
ベアルフくんは動かない。動いたらそれはホラーだ。


たぬきは一匹きりで踊り終え、ベアルフくんに掴みかかった。
「…何で出来ないし！出来ないと捨てられちゃうのわかってるかし！？」
たぬきは必死に“ベアルフくん”を揺さぶる。
ちょっとだけこのコント好きかもしれない。
絶対捨てるけど。

この踊れるたぬきはいいたぬき理論ってどこから来るんだろうな…。
ーーーあっ…閃いてしまった。



「もういいよ」
「待って…待ってくださいし…！」
「ああ。ちょっとだけ待つよ。ベアルフくんに教えてあげる時間必要だもんな？」
「っし…」
たぬきは素直に頷く。ほっと胸を撫で下ろしている事だろう。
「今夜はベアルフくんと一緒に寝てな。俺はちょっと用事あるから」

こうして、とある閃き実現のためコンビニへ寄ってから、夜の公園へと繰り出すのだった。
確か、この辺にーーーいたいた。


茂みの奥…わざわざ探そうとしなければ見つからないが本気で探せばすぐ見つかる所にいるのが、いかにもたぬきらしい。
一匹だけたぬき玉にならず、ジタバタとはしゃぐちびをあやしている親たぬき。
周りには、いくつかのたぬき玉。
「こんばんは」
「こ…こんばんはだし…」
「さっきそこで買ったんだけど、うちのたぬきが苦手でさぁ。捨てるのももったいないし、助けると思って食べてくれないかな？」
袋から取り出したのは、某有名チョコメーカーとコラボした、ちょっといいやつ。　
たぬきを飼う優しい人間で、その人間からのお願いという体であれば多少は不信の念も薄まるだろう。
たぬき達に見えるようにシールを剥がしてパッケージの蓋を開け、中身を見せる。


「ｷｭ！ｷｭｩ…！」
親の膝枕の上ではしゃいでいたちびたぬきが胸をときめかせ、他のたぬき玉も食べ物の匂いに気がついて連鎖的にちびたぬきの姿を現す。
この反応は普段、満足に食事を摂れていないのかもしれない。
「ｷｭｩ…？ｷｭｷｭｯ…」
よちよちフラフラと近づこうとするちび達を、親が制する。
「ちびたち…待つし…いっちゃだめだし…」
ああそうか。まず安全を証明しないとな。なかなか用心深い親たぬきだ。
俺はチョコケーキに人差し指を押しつけ、軽く掬いあげて食べた。
美味い。たぬきにはもったいない味だ。けれど、これが上手くいけばもっとご飯が美味しく食べられることだろう。
「美味しいよ。食べてごらん」
俺自身が口に入れる事で親たぬきは少し警戒心を緩め、制する手を下げた。
許可を得たちびたぬき達はｽﾝｽﾝ…ｽﾝｽﾝ…とケーキを取り囲んで匂いを嗅いでいる。



勇気を出して、一番乗りでクリームを舐めたちびが飛び上がり、想像だにしなかった甘さに手足をジタバタさせた。
「ｷｭｩｩ♪ｷｭ♪」
あるちびは正拳突きのように交互に手を突っ込み、抜き出して口に運ぶ。
上に乗っかっている板チョコを持ち上げ、端からコリコリ、モチャモチャと齧るちびたぬきもいた。
我が子らの楽しそうな様子に安心して、親たぬきもようやく端っこに手をつける。
「あ…ありがとうございますし…美味しいですし…！」
その時、両手を使って一心不乱に食べ進めていた一匹のちびたぬきが突如興奮しだし、
ケーキに突撃した結果クリームまみれになった。
「ｷｭ…ｷｭ…ｷｭｯｷｭｰｯ！」
ちびたぬきからすると全身で食べるようなものなので、楽しくして仕方がないのだろう。
顔も、前髪も、服も。クリームだらけにしながら尚、チョコの山を掘り進める。
でもチョコクリームだからビジュアルが良くないことになっている。



コイツが1番アホそうで元気なやつか。
「多分このままだと蟻にたかられるな…早く水浴びさせないと…」
わざと聞こえるように言ってやり、親たぬきはぞっと身を震わせた。
「で…でも最近は暑さが続いてどこも水が少ないし…！」
だよね。今日も暑かったもんねこっちは。昼間は34度ぐらいあったかな？
「良かったら、この子うちに預けてみないか。こんなにチョコが好きなら多分、うちの子と取り合いにならずに仲良くできると思うんだけど」
洗うのも面倒だし、規律を乱す厄介者を追い払いもできて親からしても一石二鳥だろう。
最初からそれ狙いでケーキを持って行ったのだが。
親たぬきはちょっと考えて、けれどそれはそんなに長い時間ではなく、結論を出してくれた。


「どうぞですし…可愛がってあげてくださいし…」
強引に奪うより、同意を得てもらった方がいいよねやっぱり。
クリームまみれのちびたぬきの腋を両手で支え、親や姉妹に手を振らせてやる。
「元気でやるし…いい子にするし…！」
親はちょっと涙ぐんで、ちび達はよくわかっていない様子で手を振り続けた。
しかし、こんなカロリーの高いモノ口にして明日から慎ましく生きていけるのかね。俺には無理だな…。



これでよし…と。あとは仕上げだな。
軽く乾燥機にかけた洗濯物を部屋干しして、作業を始める。
まず、作業の邪魔にならないよう用意したのは人間用の睡眠安定剤。以前もらって残っていたものをたぬきに飲ませていた。
このまま目覚めなかったら困るが、さてどうなることやら。
しっかり眠り込んでいるたぬきの手からゴム手袋ごしにベアルフくんを引き剥がす。
背中に切れ込みを入れ、中の綿を抜いていく。
この時点でぬいぐるみとしては死んだような気がする。
さよなら、ベアルフくん。
作業していると断末魔が聞こえてきそうで、流石に気が滅入る。
さっさと終わらせてしまいたい。


翌朝、リビングにある就寝スペースでたぬきが目を覚ますとーーー目の前には空白があった。
ベアルフくんが、いない。
まさか、ご主人がたぬきの寝ている間に…恐ろしい疑念は、しかし次の瞬間には氷解した。

「ベアルフくん…！？」
寝床から少し離れたのリビングの真ん中に、たぬきと同じ服をまとったクマのぬいぐるみがあった。
クンクン、と匂いを嗅いで警戒したものの
露出している部分は元のベアルフくんのままなので、たぬきはすぐに安堵した。
「なんだかちょっと甘い匂いもしますし…。
   ベアルフくん、無事で良かったし…」
甘いのは服の柔軟剤とチョコクリームじゃないかな、多分。



「驚くなよ。ベアルフくんは歩けるようになったんだよ。だからそこにいたんだ」
「えっ…！？本当ですかし…！？」
「たぶんベアルフくんもお前とお別れしたくなかったんだろうな」
中のちびも目が覚めたのか、まるで呼応するように手足をジタバタさせる。
流れ的には嬉しそうに見えるが、実際にはパニック状態で苦しいんだと思う。
「本当でしたし…！ベアルフくんすごいし…！嬉しいですし…！」
知るよしもなく、たぬきはベアルフくんを抱き上げ、モチモチの頬を擦り寄せた。
たぬきが抱きしめられるサイズから思いついたが、
ベアルフくんのサイズ感は、ちびたぬきにそっくりなのだった。
同じく睡眠薬で眠らせた中身は起こす直前に詰めてやった。
尻尾の毛を剃って畳み込み、ガムテープで雑に封をし、隠すために服を着せたのだ。
着ぐるみ状態のためジタバタが関の山で、複雑なうどんダンスなど出来はしない。
あと、熱中症か空腹のどちらかで倒れるのはほぼ確定している。


「おそろいの服も用意するの、大変だったんだぞ」
ちびたぬきの服を奪い取っただけだが。
足には靴下を突っ込み、格好はお揃いになった。
「ありがとうですし…とってもかわいくなってますし…！」
ベアルフくんを一旦下ろし、座らせるとたぬきは色んな角度から眺める。
するとベアルフくんが立ち上がって、ヨチヨチと歩こうとする。
一応空気が入るように穴は空けておいたが、
前は見えないので豪快に後ろへ倒れ込んでジタバタを始めた。
ちびたぬきからしたら急に何かに押し込まれて目の前が見えないのでパニックにしかならないだろう。
くぐもった声でｷﾞｭｩｩとかｸﾞｫｪｱ…とか聞こえてくる。
何も知らないたぬきは、モチモチした両手をぐっと握りしめた。
「これなら踊れますし…！うどんダンス…！
一縷の望みが繋がったと、たぬきは嬉しそうに昨日と同じ指導を始めるのだった。
さて、ベアルフくんはいい子になれるかな？

「ほら！こうですし！」
熱心な指導は朝ごはんを食べる事なく続いたが、いつまで経ってもできる気配はない。
ベアルフくんを立たせ、背中側から手を添えて無理やり動かすたぬき。
なんか虐待する親みたいになってきたな…。
ちびたぬきの視点を想像するとなかなかえぐいことになってないか？
なんてひどいやつなんだこのたぬきは。笑いが堪え切れる自信がなくなってきた。
「できるまでやりますし！ほら！…ほらっ！
　…何でできないんですしぃー！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ


無理だって。最初に立ち上がったのが奇跡だから。
あとは前か後ろに倒れて手足をジタバタさせるしかないんだよベアルフくんは。
「はやく立つし…！休んでるヒマはないですし…！」
無理だって。ベアルフくんの中のたぬき死んじゃうって。
「ベアルフくんの中のたぬきも大変だな」
「中の…？いるわけないですし！何言ってますしぃぃ！」
あ、やべ。口に出てた。
すごい怒るじゃんこのたぬき…。



たぬきという生き物との付き合いは長いが、
こんなにヒステリックなたぬきは、初めて見たかもしれない。
もう最初の捨てる捨てないの話からかなりズレてきている気がするが、目の前の光景がおもしろすぎて可能な限りずっと見ていたい。
が、何事にも終わりはあるわけで。
電池が切れるように、次第に動きが鈍くなるベアルフくん。
そんなぬいぐるみ着せて激しく運動させるからだな。今日も外の気温は34度です。
ぽて、と前に転んで今度はジタバタもしない。
ずっとうつ伏せのままだ。
「えっ…ベアルフくん…？」
たぬきが一瞬固まり、異常を察して懸命に揺するのを無感動に見つめる。
「やだし、やだし…！」
その心臓マッサージの真似事、どこで覚えたんだろうか。



それはいいけどお前、うつ伏せなのにそんな体重かけたら。あーあ…。
「ｸﾞｯ…ｸﾞｯ…ｷｭｴｯ…」
じた！ばた！と激しく腕を上下させたと思うと、それが最期だった。
もうベアルフくんは動かない。
たぬきがベアルフくんの左手を持ち上げてみるが、たぬきが手を離せば…ぽてん、と落ちるのみだ。
たぬきはようやく、事態を理解したらしい。
「うっ…うゔゔ…ゔっふ…ゔっ…」
たぬきはぽろぽろと、大粒の涙を零し嗚咽を漏らす。
ここまで感情豊かなたぬきの姿を見たのは、やはり初めてかもしれない。


俺には、心が二つある。
たぬきを可愛がりたい気持ちと、ジタバタする様を見たい気持ちだ。
美味しいクッキーだと教えて食べさせた後に、それが実は犬用のエサと明かして絶望したり憤慨する姿が見たいのだ。
大抵のたぬきは、あくまでションボリが基本にあって、あまり大きな感情の波は見せない。
それがどうだ。
コイツはルドルフくんの扱い一つでこんなにも怒り、哀しんでいる。
なんて、なんて素晴らしいたぬきなんだ。
この感情の振れ幅こそ、生きてるってことじゃないのか。



「あ、あの…ご主人あの…」
「ベアルフくん、死んじゃったね」
お前のせいで。まで言うと精神崩壊を起こしそうなので危うく飲み込む。
「こうなったら、さよならするしかないね」
「あ…あの………ｷｭｳｳｳﾝ…ｸｩﾝ…ｸｩﾝ…」
もうこちらを止める言葉はないと悟ったのか甘えた鳴き声を出すしかなくなっていた。
「はいわかった。じゃあこれで終わりね」
服の部分を摘んで、雑にゴミ袋にぶち込む。
ネタバラシしてもいいかな、と思ったがもうあのぬいぐるみに触ること自体が嫌なので開けるのはやめておいた。



ちなみにダンスはそんなに見たくないのでもういいよと言ったらしばらく部屋の隅で体育座りして青くなってた。

しかし、あまりいつまでも落ち込んでいられてもつまらない。
しょうがない、かわいいたぬきのためにもう一肌脱ぐとするか。

あれから数日経っても落ち込むたぬきの脇に、そっと置いてやる。
「ベアルフくん2世だ。仲良くしてくれよ」
たぬきは体育座りのまま、隣に置かれたぬいぐるみに顔を向け、じっと見つめた。
足とお尻を動かして、少し距離を詰めた。
おそるおそる手を伸ばして、撫でてみる。
やがて、立ち上がると共に新たなぬいぐるみを抱き上げた。
「ベアルフくん2世…！」
たぬきの表情に、明るさが戻ってきた。
やはり、居ない時の寂しさが勝っていたのだろう。案外受け入れるのは早かったな。
一応、同じ物を用意してやろうとペットショップに問い合わせたが元のメーカーは潰れてるらしいので似てるやつを買ってきた。
ゼットン2代目みたいなものだ。
今回も服を同じように着せている。
「前のベアルフくんとは違うけど、いいかな…？」
しゃがんでたぬきに目線を合わせ、わざと遠慮がちに聞いてみる。
気を利かせているとわからせるための演技だ。
「これはこれで…ｽﾝｽﾝ…悪くないですし…
　なんだかちょっと、仲間の匂いもしますし…！」
そりゃそうだよ。仲間そのものだもん。
たぬきはもう離すまいと、新たな親友を抱きしめた。
「ベアルフくん2世…よろしくですし…これからずっと一緒ですし…！ずっと、ずっと…！」
ベアルフくん2世の腕がもぞ、と動く。
今回も調達してきた野良のちびを詰めていた。
俺の裁縫スキルが10上がった。

てっきり、“違うし…！”と拒否される展開も考えていた。
そしてそうなったら目の前で用済みのベアルフくん2世のバラバラショー中身のたぬきもこんにちわ展開催だったが。



「見るだけでいいですし…きちんと見ててねし…」
また性懲りもなく踊り始めた。コイツ本当にこれしか無いんだな…。
うどんダンスを一緒に踊りたいらしい。
あるいは、今度こそ捨てられないようにするためか。
まあ、今回は好きにさせてやるさ。


時折、子供をあやすように抱っこして揺らしたと思えば、急に抱き締めたり。
「よしよし…いいこいいこだし…」
食卓でも並んで一緒にご飯を、実際には食べさせられないが口元まで持っていって
「美味しいし？よく噛んで食べるし…」
「“ぱくぱく…おいしいしー…”そうかし、よかったし…」
裏声を使って、自分の思い通りの世界観を演出している。
当のベアルフくん2世は、空気穴から入る食べ物の匂いを嗅いで両手をジタバタさせている。
一見すると微笑ましい光景だが、
中身を知っている身としてはおぞましい光景だ。
お前は今、途轍もなくえぐいことをしていると教えてやりたい。
でも、教えなくてもおいしい気がするな。


一度失ったせいか依存度は高くなり、風呂の時間でも一緒に過ごしたがった。
「いっしょにお風呂入りたいし…」
多分、汚れるとまた捨てられると思っているのだろう。
「ベアルフくんは濡れると乾かないからなぁ…
 お前だって、しっぽが濡れてずーーっとそのままだったら、イヤだろ？」
「それはそうですし…たしかにベアルフくん2世も濡れるのは嫌がりますし…」
なんかコイツなりの設定に合わせて話をしてやると納得するけど正直めんどくさい。



「じゃあ、ベアルフくん2世…また後で遊ぶし…」
ベアルフくん2世がジタバタしているのが手を振っているようにも見えるので、たぬきは手を振り返すと、安心して風呂場へ向かった。
今のうちだ。たぬきに自分で服を脱がせている間に、スポイトを使って砂糖水を素早くベアルフくん2世の空気穴に注入して、風呂場へ向かう。
少し手のジタバタが早くなった。ちゃんと補給できているかは知らない。



数日が経って。
自分の匂いを擦り付ける行為を散々していたので、慣れてきたのだろう。
気の向くままに散歩やおままごとをして遊び疲れたらしいたぬきは、ベアルフくん2世を抱きしめて寝ている。
ちびたぬきからしたら暗闇の中で逃げられないように拘束されて、恐怖でしかないだろうな。
より拘束が深まるよう、たぬきごとタオルケットで包んでやる。
なんかくっさ…もしかしてたぬきか？
パンツの上から尻を触り、確認する。漏らしてはいないな。
「いやーん、し…」
うるせえよこのたぬきが。室内用の消臭スプレーを何度か吹きかけておく。服だけでなく、尻尾にも。
「やめて…やめてくださいし…」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ


後日。ベランダから洗濯物を取り込んで戻ってくると。
ベアルフくん2世が、部屋の隅に放置されてションボリしていた。
たぬきと言えば、関心がない様子で床でコロコロと何度も転がり、ホコリを巻き込んでくれている。汚い。
「どうした？ベアルフくん2世と遊ばないのか？」
「ベアルフくん2世…なんかくさいし…」ｺﾛｺﾛ…
まだ買ってきたばかりなのに、どういうーーー。
ああ、そっか。
今度はガッツリ縫い合わせたつもりだが
背中がこんもりと膨らんでいる。
あれウンチか。
そして急に動かなくなってるから多分腐臭も混じってるな。
中はかなり想像したくないことになっているはずだ。
こちらは距離を置いていたので気が付かなかった。やべーやべー。
あれ早く捨てなきゃ。今度はどう言って聞かせるかなぁ…。


思案していると、ズボンの裾を掴まれた。
「ご主人…お願いがありますし…」
ベアルフくん2世を洗ってあげて、とかかな？
絶対に嫌だぞそんなの。中身出てきたらどうするんだ。
「ベアルフくん3世が欲しいですし…」
お。ちゃんと2の次は3ってわかってるんだな。
えらいぞ。
しかし…こいつの倫理観もぶっ壊れてしまったな。
まさか自分から手放して次をねだるようになるとは。
「じゃ、2世とはお別れでいいね？」
「はいですし…もう2世はいらない子ですし…」
てっきり、例のダンスを教え込んでスパルタ過ぎて死なせるのが着地点かと思っていたが、
ここ数日は無理だと判断したのか、教えるのをやめていたっけ。

「じゃ、ベアルフくん2世とは今日でお別れだな。ちゃんとばいばいするんだぞ」
「ばいばーいですし…」
手を振ってこそいるが、ベアルフくん2世を見る目は、もはや汚物を見る目だ。
俺は火バサミを持ってきて放り込むと、ゴミ袋の口を固く結ぶ。
作業を終えて振り向くと。たぬきはうつ伏せで足をバタバタさせながら、折り紙で遊んでいた。


「3世まだかな♪ですし…♪早く会いたいですし…♪」
タヌゾンで注文はしたが、中身の調達をどうするか…次は敢えて入れずに困惑させるのもいいな。
色々考えていると、たぬきが服の裾を摘んできた。
「ご主人…ありがとうございますし…新しいベアルフくん買ってくれて…」
頬を赤くしながら、もじもじするたぬきの方に顔を向け、頭を撫でる。
俺はちゃんと、優しく笑えていただろうか。
3世でも、4世でも買ってあげるよ。
あの感情の昂りと、おぞましいお人形遊びを、これからも見せてくれるならな。

オワリ
